ユーザー・デファインド・ビークルの登場:テクノロジー、パーソナライゼーション、サイバーセキュリティの融合

ユーザー・デファインド・ビークルの登場:テクノロジー、パーソナライゼーション、サイバーセキュリティの融合

はじめに : ソフトウェア・デファインド・ビークル(SDV)からユーザー・デファインド・ビークル(UDV)へ

現在では、ソフトウェア・デファインド・ビークル(SDV)という言葉を聞いたことがないという人はいないでしょう。 具体的にそれが何を意味するかはそれぞれの観点によって変わってきます。しかし、その意味するところとして、現代の自動車のコンポーネントに使用される組込みソフトウェアのコードの量が増えており、かつては機械的または電気的な手段で制御されていた多くの機能が、現在ではソフトウェア・コードによって制御されているということは広く認識されています。このこと以上に、SDVはハードウェアとソフトウェアを分離することを可能にしました。言い換えれば、自動車メーカーはすでに道路を走っている車両に対しても、車両機能を更新したり、新しい機能を導入したりすることができるのです。

SDVのコンセプトを採用する車両が増え、この進化(なかには「革命」と表現する人もいます)の意味合いが具体化し始めると、ユーザー・デファインド・ビークル(UDV)の話題が出てきます。これは一体どういうことを意味するのでしょうか?携帯電話を例にとって比較してみましょう。

スマートフォンが登場する前の時代に使っていた携帯電話は、どのようなものであったか、思い出すのは難しいでしょう。当時の携帯電話の機能や性能は、購入から何年経ってもその端末の寿命までまったく変化しませんでした。携帯電話に新しい事をさせたかったら、店舗で新規モデルを買う必要がありました。


ノキア3310、スマートフォン以前の時代に最も人気のあった携帯電話の機種のひとつ。

現代のスマートフォンは、2つの重要な点ですべてを変えました。第一に、携帯電話のオペレーティング・システム(OS)をハードウェアから切り離したことで、携帯電話メーカーはOTA(オーバー・ジ・エア:無線通信によるアップデート)によって定期的にシステムを更新できるようになりました。多くの携帯電話メーカーは、少なくとも年に1回はOSをアップデートし、新しい機能や性能を追加しています。第二に、携帯電話の所有者は自分の興味のあるアプリをインストールすることができるようになりました。2008年にApple社がiPhoneにApp Storeを導入したことで普及したスマートフォンのエコシステムは、今日、オンラインアプリストアで数百万ものアプリを提供しています。ユーザーは皆、自分の好みに合わせてアプリを選ぶので、同じ電話は二つとありません。文字通り、ユーザー自身が自分の経験を定義しているといえます。


ユーザーによってカスタマイズされたiPhoneモバイルアプリ。

アプリは王者、今度は自動車にも

スマートフォンと同様に、UDVは車の所有者がユーザー体験をカスタマイズできるようにするものです。AppleやAndroidのユーザーは、以前からApple CarPlayAndroid Autoを使用して、これらのプラットフォームと互換性があれば、スマートフォン上のアプリを車のインフォテインメント・システムにミラーリングしています。しかし、Android Automotiveなどの新しい車両ネイティブ・プラットフォームは、さらに直感的なユーザー体験を提供し、ユーザーはスマートフォンなどのデバイスからミラーリングする必要なく、車両インフォテインメント・システムに好みのアプリを直接インストールすることができるようになっています。


Apple CarPlay経由でカスタマイズ可能な車載インフォテインメントシステム

車載コネクテッドサービス

SDVのコンセプトは、コネクティビティというもうひとつの自動車トレンドに乗っかっています。この2つの組み合わせは、自動車メーカーにとってコネクテッド・サービスの販売という新たなビジネスモデルを可能にしています。調査によると、自動車会社はコネクテッド・カー・サービスを販売することで、1台あたり1,600ドルを生み出すことができると予測しています。車の所有者は、ありとあらゆる機能を購入する必要はありません。その代わり、欲しいものを選んで購入することができます。マッキンゼーの調査によると、コネクティビティの好みは地域や顧客セグメントによって大きく異なります。例えば、中国の消費者は高度な運転支援機能などの先進技術を好み、米国やドイツの消費者はシートヒーターや空調制御などの快適性や利便性を好む傾向にあります。また、消費者は柔軟な支払いオプションを望んでおり、機能に対して1回払いを好む人もいれば、サービスベースのサブスクリプション・モデルを望む人もいます。


マッキンゼー・アンド・カンパニーによる、ドイツで最も購入されうるコネクティビティ機能トップ10

ソフトウェア・アップデートによりクルマが新しい技を学習する

多くの自動車メーカーは、顧客が購入したりサービスに加入する前から、将来のサービス購入を可能にするハードウェア、センサー、テクノロジーを車の設計に追加しています。これは、アフターマーケットでの機能追加はさておき、車のハードウェアは通常、車の寿命が尽きるまで変わらないため、変化を続け、新規のサービスを提供することを可能にするために必要だからです。自動車の平均的な寿命は12年以上であり、多くの自動車はこれよりもはるかに長持ちです。しかし、コネクテッドSDVが、OTAでソフトウェアアップデートをできるようになれば、新たな次元で機能強化を行う機会となります。2012年にモデルSを発表してSDVのパイオニアとなったテスラは、およそ数カ月ごとに車載ソフトウェアを更新しており、これよりも早いタイミングで更新を行うこともあります。テスラだけではありません。一部から「中国のテスラ」とも言われているNioは、独自のUDVを提供しています。Nioは自らを自動車メーカーではなく「ユーザー・エクスペリエンス」と捉え、顧客を「ユーザー」と考えています。彼らは少なくとも年に4〜5回、完全なソフトウェア・アップデートを行っており、これはユーザーからのフィードバックをもとに機能とソフトウェア開発プロセスを行うものです。フィードバックは通常、車内の音声アシスタントシステムを通じて収集される以外にも、ユーザー向けワークショップやユーザーのスマートフォンからも収集されます。そして、それは直接Nioのユーザー・アドバイザリー・ボードに届けられます。Nioのエクスペリエンス・マネージャーがフィードバックを分析し、複数のユーザーから出たコメントは数ヶ月以内にOTAアップデートによって車両の改善に反映されます。2023年、Nioは768件のエクスペリエンス向上を含む10回のOTAソフトウェア・アップデートを行いました。


車のユーザーエクスペリエンスの一部であるNio Link PanoDisplay

ユーザー・デファインド・ビークルにおけるサイバーセキュリティの観点

SDVからUDVへの進化は、スマートフォンの歴史を参考に、これまでにないまったく新しいカー・デジタル体験を切り開くものです。同時に、業界が考慮しなければならないサイバーセキュリティの問題も提起しています。車の所有者がデジタルアプリをダウンロードおよびインストールできるようにすることは、悪質な行為者にとって新たな潜在的攻撃ベクトルを生み出すことになります。アプリの中には、正規のものであっても、サイバー態勢が十分でないものもあり、ソフトウェアの脆弱性や車両へのハッキングに悪用可能な弱点を含んでいる可能性があります。また、不正アプリがApp Storeに潜んでいて、車の所有者が意図せず悪意のあるコードを車に注入してしまう可能性も考慮する必要があります。

デジタルアプリ以外に、道路を走る車のソフトウェアアップデートは、ソフトウェア脆弱性のもう一つのチャンネルになります。SDV 車のメーカーは、年に何度も主要なソフトウェアアップデートをプッシュしています。このようなソフトウェアスタックにはそれぞれ新しいコードが含まれ、オープンソースまたは商用ソフトウェアの新規または更新されたソフトウェアライブラリが導入される可能性があります。車両ソフトウェアのサイバー態勢を維持することは、変化し続ける目標というだけではなく、終わりのないタスクになりつつあります。ある意味、UDVのソフトウェア開発プロセスに終わりはありません。伝統的に、車両とそのコンポーネントの設計と開発は生産開始前に行われますが、UDVのソフトウェアはその後何年にもわたって進化し、強化され続けるようになるでしょう。

ユーザー・デファインド・ビークルのサイバーセキュリティリスクを軽減する方法

  1. 車載ソフトウェア開発にDevSecOpsアプローチを適用すること。この方法論は、セキュリティをシフトレフトすることを可能にし、設計と開発プロセスの各段階でセキュリティテストと対策の適用が可能になります。
  2. 各車両コンポーネントのソフトウェアコードに脆弱性がないかスキャンすること。ソフトウェア更新のたびに脆弱性が含まれている可能性があるため、ソフトウェアをデプロイする前に発見し、対処する必要があります。
  3. ソフトウェアバイナリしか入手できない場合(例えば、コードがサプライヤによって開発されている場合)、サプライチェーンのサイバーセキュリティ態勢を高く維持するために、すべてのバイナリのソフトウェア部品表(SBOM)をスキャンして脆弱性を検出すること。
  4. ゼロデイ脆弱性を発見し、ソフトウェアが安全であることを確認するために、ファジングテストとペネトレーションテストを実施すること。
  5. スイッチ、ゲートウェイ、重要なECUなどの車両アーキテクチャの戦略的領域に侵入検知・防御システムを組み込むこと。CAN IDPSEthernet IDPSHost IDPSは、悪質な行為者が侵入に使用できるような脆弱性を見つけた場合に、車両を保護することができます。
  6. 車両フリートを定期的に監視すること。車両セキュリティ・オペレーション・センター(VSOC)で拡張検知·対応プラットフォームを採用すれば、リスクやサイバー攻撃をリアルタイムで特定できるため、迅速な対処が可能になります。